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エッセイ

ヒロシマにて

2005年8月4日 宮古新報社「島の彩」掲載より

「原爆ドーム」の写真や映像は、テレビ、映画、新聞、雑誌などで数多く見てきた。しかし、これらはあくまでも印刷媒体、電波媒体の平面上の視覚的報道であり、立体的実物ではない。写真とは言え、真は写せないのである。東京に住みながら、戦争の二十世紀を象徴する「原爆ドーム」の実物を、私はこの目で見たことがない。怠慢である。広島と東京は陸続き。沖縄のように海で隔てられているのではない。陸上を東京から広島に向けて一歩一歩足を運ぶなら、広島に辿り着くことができる。飛行機や電車に乗らなくても行ける。でも仕事が忙しい、学校の授業があると理由を付けて自分を誤魔化し、行かないことを正当化する自分。情けない自分。平和を語る資格があるのか、ともう一人の自分が厳しく叱る。「即実行でないと思想にならない」という意味のことを言ったのは「戦争と平和」の著者トルストイであった。
東京駅で広島行きの新幹線に飛び乗ったのは、今から七年前のことだった。
広島駅で下車。市電に乗換える。大都会の広島に驚く。原爆で破壊された広島とはとても思えない。広島球場を右手にして下車。左前方にこんもりとした木立がある。歩を進めると木々の間から、「原爆ドーム」が途切れ途切れに見えた。「原爆ドーム」の前に川がある。向かって左から右へ流れている。流れに逆らう形で細道を歩く。「原爆ドーム」の正面に立ち、手を合わせる。黙祷。人類史上、初の原子爆弾投下。炸裂。破壊。殺戮。人間がやってはならないことをやってしまった恥ずべき二十世紀。
米国は、戦争を早く終わらせ、死者を少なくするために投下したと述べているようだが、理由になるまい。人の命に多数、少数の差別があるか。人の命は等価であり、自分の命も相手の命も大事に、この地球上で共に仲良く暮らすのが本来の人間である。創り主は愛を込めて人間を創ったのである。このことを忘れてはならない。
「原爆ドーム」の敷地は高さ一メートル程の黒い鉄柵で囲まれている。時計の針と逆に一周する。八月。暑いのに生ぬるい風が額を撫でる。正面に川がある。多くの人が燃えながら飛び込んだあの川だ。今は静かに水が流れている。
ドームの正面で鉄柵に胸を押し付ける。柵の中には許可なく入れない。出来得る限り身近で見たい。剥き出しの錆びた鉄筋。剥ぎ取られた天井と壁面。砂利のように粉砕され落下した赤煉瓦。灰色のコンクリート。その混色の山。地面に横たわる大きな柱。天空を指差す切断された赤錆の鉄筋。嗚呼。無差別攻撃。ヒロシマ。ナガサキ。オキナワ。ゲルニカ。
胸ポケットから、ピカソの絵「ゲルニカ」ミニ版を取り出し、「原爆ドーム」の前で詠む。
ピカソのゲルニカをみる/めをつむる/こどもの/ぼくがいる/たくさんの/ひこうきが/とんでくる/ぼくは/うれしさの/あまり/うまごやに/よじのぼり/りょうてを/あげて/てをふる/と/いきなり/ひこうきが/ばくだんを/おとす/ばくだんが/ばくはつして/ぼくを/ふっとばし/じめんに/たたきつける/つちがふる/いしがふる/てつがふる/うまがふる/やぎがふる/ちがふる/にくがふる/めをあける/ピカソのゲルニカをみる/げんばくドームをみる
ドームを一周するには川沿いの細道を左折。この地点からドームを見る。剥き出しの鉄筋が怪我の頭に被るネットに見える。痛々しい頭。口を大きく開けて叫ぶ顔「私を忘れないで! 忘れたら同じ繰り返し!」
ドームの頂上の鉄筋の一つが動く。注視。鳥だ。白い鳥。川をじっと見ている。向きを変えた。空を見上げる。首が長く伸びた。体も伸びる。鳥が一本の垂直線になった。静止。飛べるのか。不思議な鳥。また向きを変えた。水平になり川を見ている。水平と垂直。何の意味か。
鳥が飛び立つ。川の向こうへ。私は鳥を追い駆ける。橋を渡る。鳥は林の中へ。見えなくなった。私は、サダコの像の前に立っていた。不思議である。

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