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エッセイ

愛の種子

2005年6月16日 宮古新報社「島の彩」掲載より

忘れたい歴史でも、忘れると同じ失敗をする。この歴史の事実を子や孫に語り継がないと、彼らも同じ失敗をする。
忘れてはならない歴史は、日本の十五年侵略戦争である。この歴史を美化し正当化して、嘘を伝えると限りなく同じ失敗をする。「嘘を百回、繰返し聞かされると、人は、その嘘を真実と信じるようになる」という意味のことを言ったのは、ヒトラー政権の広報担当者ゲッペルスであった。
戦後六十年の今、忘れてはならない歴史を体験した方々は少なくなった。敗戦の年に誕生した方々は六十歳、還暦である。小泉首相は六十三歳。敗戦時は三歳である。彼は、靖国参拝で国内外から反発されている。戦争の記憶がなくても歴史書で学び日本の正しい道へのリーダーとして総理大臣に就任したと信じたい。彼は歴代の総理とは異なり歩きながらニュースカメラに視線を送り必ず右手を上げる。国民に親しみを感じさせる気さくな挨拶と受け止めることもできる。だが彼の内実はブッシュ大統領的であり、彼が言う国際社会は日米社会である。米国のリーダーたちは、武力で地球に帝国をつくるつもりか、戦争放棄の日本国憲法「九条」が邪魔だと彼らは言っている。憲法とは何か?
憲法上私たちは、主権在民であり、公共の福祉に反しない限り生命・自由・幸福追求の権利がある。私たち主権者が政府、権力に対して命令するのが「憲法」である。私たち一人ひとりは、国際社会で如何にして幸福に暮らせるか平和に貢献できるかと想像力を働かせる。日常生活の中で無理をしないで冷静に考えている。平和憲法「九条」を守るのはその最大の責務であると。平和にするか、戦争にするか、国民一人ひとりの心で決まるからである。あなたは、大海の一滴のように重要な存在である。
「九条」で日本は、戦争をしない。もめごとは武力で解決できないから話し合いで解決すると約束した。一九二八年に日本が国際連盟の常任理事国として幣原喜重郎がつくり上げた、当時四十カ国以上の国際連盟加盟国の総意が、戦争放棄、パリ不戦条約であり、この条文がそっくり「九条」に移された。世界の人間の歩みの結晶「九条」はアメリカの押し付けではないのである。この「九条」が、政府に対する命令である。
政府は、侵略戦争歴史認識が希薄ではないか。小泉首相は、A級戦犯合祀の靖国神社を四回も参拝した。中国は「靖国神社への参拝は絶対にしないでほしい」と繰り返し求めてきた。被害者の立場として当然の気持ちだろう。靖国参拝を他の国がとやかく言うのは「内政干渉だ」と発言してきた小泉首相は「罪を憎んで人を憎まず。これは中国の孔子の言葉ですよ」と発言した。孔子が嘆いていないか。「罪を憎んで人を憎まず」は、被害を受けた側が加害者を許す時に使う言葉だろう。あまりにも思慮を欠いた発言だ。と朝日の社説は書いた。「過って改めざる、是を過ちと謂う」と孔子の言葉で結んでいた。
A級戦犯とは、戦争犯罪人の処罰を定めた「ポツダム宣言」にもとづき、極東国際軍事裁判(東京裁判)で死刑を宣告され、絞首刑にされた侵略戦争の中心的指導者たちである。東条英機ら七人が、靖国神社に合祀されているのである。小泉首相は、イラク戦争を支持し、自衛隊を戦場のイラクに派遣した。そして戦争をしない「九条」を戦争のできる「九条」に改悪しようとしている。憲法違反ではないか。「九九条」は、天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う。「九条」は、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。と定めた。
侵略戦争で隣国に迷惑をかけた日本は、一九四五年に敗北。死者は二千万人とも言われる。戦争放棄の「九条」は、世界の国々と、愛で交した種子(契約書)。平和の子が、遍く広がることを希望する。その子を創るのは、あなたと私である。

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