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エッセイ

銀河の詩人たち

あすら第31号掲載 2013年2月

草野心平の詩「冬眠」




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草野心平の詩「秋の夜の会話」
 さむいね
 ああさむいね
 虫がないてるね
 ああ虫がないてるね
 もうすぐ土の中だね
 土の中はいやだね
 瘠せたね
 君もずいぶん瘠せたね
 どこがこんなに切ないんだろうね
 腹だろうかね
 腹とったら死ぬだろうね
 死にたくはないね
 さむいね
 ああ虫がないてるね

独創的な詩人・草野心平は、宮沢賢治の詩を生前から評価し、賢治の死後、未発表のまま残された『雨ニモマケズ』『銀河鉄道の夜』など、多くの遺稿を整理し、全集に編集して後世に紹介した。賢治のことを心平は「世界の一流詩人に伍しても断然光を放つ天才である。彼の芸術は世界の第一級の芸術の一つである」と讃えた。
宮沢賢治の敬愛したクリスチャン・斎籐宗次郎は、花巻小学校の先生だった。斎籐宗次郎は内村鑑三の文章を読んでキリスト教に入信した。内村鑑三は日露戦争に反対した。斎籐宗次郎も非戦論を唱え、教育界から追放された。職を失った彼は、新聞配達を始めた。雨の日も、風の日も、雪の日も朝3時に起きて休むことなく。それが終わると小学校への通路の雪かき、小さな子を見ると抱えて校門まで走った。昼は病人を見舞い、励まし、慰め、夜9時まで人のために働き続けた。「雨ニモマケズ」の人である。
子どもの頃の私にとって「雨ニモマケズ」の詩は、雨の日、山羊の草刈りに行きたくないのに、行こう! と強めに誘った。風ニモマケズと出かけたが、強風に飛ばされた軽い私。海軍飛行場を渡る時のことだった。

『聖書』と出会い
東峰夫氏から「読みものとしてもいいよ!」と柔和な表情で言われ、『聖書』の恵贈にあずかったのは今から40年前のことである。彼は、日雇労働1日分の報酬を生かして次の3日間は自由に使えるようにし、図書館で本を読み、アパートで聖書を読み、小説を書き続けた。そして『オキナワの少年』で文学界新人賞と芥川賞を受賞した。彼は、葉山嘉樹の短編小説『セメント樽の中の手紙』を私に読んで聞かせながら涙を流した。私も泣いた。
東峰夫氏は、見た夢を長年記録している。これを全集にして後世に紹介されるならば、彼は日本のユングかスウェデンボルグと呼ばれる時がくるだろう。
聖書の「ヨハネの黙示録」第1章の7節に、「見よ、彼は、雲に乗ってこられる」とある。彼とは、キリストのことで、ヨハネはキリストに導かれて天堂界へ昇り、神の御前で人類の未来を見せられた。このことを書いて後世に伝えたのがこの黙示録である。
「きたりませ」と祈り、私は毎日、ベランダの定点に立って富士山の上空を写真に撮った。10年間続けるうちにこんな夢を見た。艦砲射撃の弾丸のような雲と、胴体のない人間の頭の形をした雲が浮いていた。これが現実に起き、震えがきたが、シャッターを押すことはできた。「夢は神の啓示である」と言ったのはユングである。

ダンテ『神曲物語』を読む日々
この物語を日本橋丸善で買い、夜は多摩の自室で読み、朝は寝不足のまま、ジーンズのポケットに文庫を入れて出勤。日本橋高島屋までの電車に揺られながら読む。昼は女店員で埋まる広大な社員食堂で特急食事を済ませ、喫茶店に駆け込んで読む。今から38年前のことである。当時のデザイナーの仲間たちは、鉛筆を手に読書する私を見て、中学生だ予備校生だと言って笑った。確かに私は、本を読んでいて気になる言葉があれば、それに鉛筆で線を引き、読み終えた年月日と読んだ回数を記録する妙な癖があった。
ダンテ『神曲物語』は読み返す度に新しい発見がある。この物語を形にすると円と球である。「地獄篇」は、9つの円による逆円錐形である。「浄罪篇」は、7つの円の重なる円錐形の山である。「天堂篇」は、9つの球体が入れ子式に同心円状に広がる。
ダンテの恋人ベアトリーチェが死んだ。ダンテは衝撃で精神的危機に陥った。ダンテが聖書をベースに『神曲物語』を書き始めたのは、彼女の死から17年後のことである。
主人公のダンテは、暗闇の森で迷い、獣らに立ちはだかれ、窮地に追い詰められる。この時、天堂界のベアトリーチェの魂の計らいでダンテは救われる。ヴィルジリオの魂が「地獄界」「浄罪界」へ案内するのである。「天堂界」へは、最愛のベアトリーチェの魂が案内する。見えないあの世を見えるように、人々の救済と至福への道程を壮大な構想で書いたこの物語は、生死を越えた魂のコミュニケーションである。1300年代に書かれたイタリア文学・古典であるが、内容は新しく、宇宙感覚、普遍的物語である。
この物語にヨハネ(ジョヴァンニ)が何度か現れる。…(中略)…あなた聖ジョヴァンニも…かの崇高な『ヨハネ黙示録』により、…天堂界の秘密を下界に向かって…説明された(435頁)。…クリストの鷲と呼ばれた聖ジョヴァンニの神聖な思いは、…ダンテの告白をどこへ導こうとしているのか悟った(436頁)。つねに神聖で、荒野と殉教と二年間の地獄生活に堪えた洗礼者ジョヴァンニ(ヨハネ)の座も同じようになっている(465頁)。…死ぬまえに見た聖ジョヴァンニ(ヨハネ)がすわっている(467頁)。

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』へ
ジョバンニの親友カムパネルラは、友人ザネリが川で溺れそうになるのを助けて溺死してしまう。死んだ彼の魂がジョバンニの夢に現れ、二人は銀河系全体の幸いを求めて星めぐりの旅をする。生者と死者の魂のコミュニケーション、友情物語である。
自室の本棚の『もう一度読みたい宮沢賢治』を手に取り表紙を見る。坊主頭の賢治の写真が画面全体に印刷されている。両掌を組み合せ強く握り絞めた賢治の拳は、何かの決意の印であろうか。
賢治は法華経信者だったが、国際的視野で『聖書』特に『ヨハネの黙示録』を読み、ダンテ『神曲物語』、科学から霊的世界までを見てきた男、巨人・スウェデンボルグ『天国と地獄』、プラトン、ゲーテ、ワーズワース、エマソン、トルストイ、ドストエフスキー、タゴール、ユングなど読んだと考えられる。宮沢賢治は類い稀な勉強家だったと私は確信したい。
宮沢賢治の偉大さを見抜いた草野心平は、世界に誇る哲学的銀河の大詩人である。

草野心平の詩「石」
 雨に濡れて。
 独(ひと)り。
 石がいる。
 億年を蔵(ぞう)して。
 にぶいひかりの。
 もやのなかに。

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