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エッセイ

「スケッチ・オブ・ミャーク」

ドキュメント映画を観て。2013年1月

貧苦の暮し、神への信仰から生れた宮古島の「神歌(かみうた)」。幾世紀も御嶽で歌われてきたこの荘厳な楽の音に出合った音楽家の久保田麻琴は、この歌と神事が絶滅寸前であることを知り、残そうと決意。監督は大西功一が担当し、この記録映画が、誕生したのである。
宮古島の老婆(おばあ)たちは、大霊の娘である。大霊とは愛のことで、全宇宙には、この唯一絶対の大霊が存在しており、人間の住む世界はこの大霊の部分的な現れで、個人も心の奥底で大霊と繋がり、この導きに従うことで、真の生き方を見出しているのである。
老婆(おばあ)と呼ばれる娘たちは、開放的で親しみ深く、思いやりがあって陽気。自信を持って、仕事をしている。この日々の労働の体験を通じて、自分を限りなく、創りあげている。
人頭税が課せられたのは1637年で、その廃止は1903年。今から109年前のことで、出演の老婆4人は、90歳を超えている。老婆の母親たちは、人頭税に耐え、お腹のなかの子が出てくるまで、畑で働き、子が出てくると、自分で包丁を握り、臍の緒を切って、結んだと言うのだ。恐るべき、神(かん)がかりの老婆である。
この映画は、スイス第64回ロカルノ国際映画祭で「批評家週刊賞審査員スペシャル・メンション2011」を受賞。音楽家のライ・クーダーはこう言っている。
「わたしはミャークの老人たちが羨ましい。小さくても、こんなに完全で幸せな世界を持っているのだ。汚れた世の中なんて気にかけたこともないだろう。彼らの表情を見て、このイカしたファンクを聞けば判る。ミャークはきっと最高のところだろう。賭けてもいいよ」と。
映画が終わった後のトークショウで観客の出身地を挙手で聞く場面があり、壇上から満員の会場にこう問うた。宮古島出身の方は? 沖縄本島出身の方は? 両方とも、ほぼ同人数に見えた。内地出身の方は? と問うと、なんと観客の三分の一が、内地出身であった。
宮古島の神歌や古謡(アーグ)を初めて聴いたのに、ずっと前から知っている気がして、懐かしい。見事な宇宙感覚の映画です。と、目を潤ませながら、内地の方が話す。私と同じように映画を観ながら、涙が流れたと言うのである。
この映画には、地域や国境を越える大霊が宿っていて、私たち全人類の母である宇宙と一体であると言う普遍的な内容が込められていると思うのである。
老婆たちには、暮らしの経験から人生を豊かにする3Kがある。今を生きている「感激」。無理、無駄、無精しない「工夫」。いつか生まれるかもしれない孫たちや、誕生を待っている全ての魂たちへの「希望」。この三つを知る哲学者でもあり、受け継ぐ女性たちもまた霊感に満ちている。
次の神事を司るよう、夢で知らされた女性。畑仕事中、急に帰宅願望に駆られ、飛んで帰ると、電話でそのことを知らされた女性。最初の女性は正夢を見たのである。夢で見た通りのことが実際に起きたのである。夢は神の啓示であると言ったのは、ユングである。次の女性は電話で知らされた。人は夢のなかでも、起きていても、全宇宙の大霊と繋がっている証しである。
ラストの辺りで、舗装された直線道路を疾走し、押し寄せて来る対向車を制するように、黄金色の馬が、たてがみを風になびかせて走っていた。馬には手綱もなく、人も乗っていない。天然の馬だ。これこそ全宇宙の大霊の象徴かも知れない。馬は向きを換えて農道の土を踏み、眩しい太陽に向かって見えなくなった。

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