Home >Essaylist >Essay

エッセイ

プロセス

2005年12月1日 宮古新報社「島の彩」掲載より

赤ちゃんは、不思議。どんな偉大な先生に導かれるのであろう? 人間として生まれてくると最初の仕事が「ウギャー、ウギャー」と元気な声で泣くことである。生命誕生の産声。神秘である。
十ヶ月間のプロセスで、一心同体を持続し、育て上げる女性の身重な体。生みの苦しみに耐えて見事に出産し、わが子を目の前にして微笑む母親と父親。感謝感激、歓喜の瞬間である。
みんな泣きながら生まれた。なぜ泣くのであろう? 母親の子宮から狭き門を通り抜けるときの苦しみと痛みに耐えてきたことが、赤子であっても、この苦痛が安堵に変わるのを感じるのであろうか。これが嬉しくて泣くのであろうか。
生まれてすぐの赤ちゃんは、皺が多い。一週間後に見る赤ちゃんは、皺が少ない。乳を飲み、すくすく育つ赤ちゃん。一ヶ月後に見る赤ちゃんの顔は、丸で皺がない。見事な変貌である。
毎日、乳を飲ませ、オムツを取替える母親は、間を置いて見る人ほどには赤ちゃんの変貌に気付かない。人の目は毎日の微妙な変化に慣れる。五十年ぶりの再会で、人は誰だか分らない。自然の法則である。
人工による法則はどうであろう? 特に戦後の日本の軍事面における変化は?
微妙である。日本は戦後間もなく警察予備隊を持った。時を経て、警察予備隊を保安隊に改名。保安隊を自衛隊に改名。自衛隊を自衛軍に改名しようとしているのが現在である。私たちは戦後六十年の間に政府のあいまいな言葉の表現に惑わされて来たのではないだろうか。自衛軍は軍隊である。
作家・司馬遼太郎氏は戦時中、戦車隊に所属していたようである。司馬さんの文章をここでピックアップする。

大本営からやって来た将校に、本土決戦の場合、いかにして対民間人対策をなすかについて尋ねてみた。「当方の戦車隊が進撃する道路上を前方から逃げ惑う非戦闘員が路上を埋めてやって来たらどうするか」この将校は、「構わずに轢っ殺してゆけ」と答えた。このときの私の驚きとおびえと絶望感とそれに何もかもやめたくなるようなばからしさがその後の自分自身の日常性まで変えてしまった。軍隊は住民を守るためにあるのではないか。しかし、その後、自分の考えが誤りであることに気づいた。たとえ国民のためという名目を使用してもそれは抽象化された国民で崇高目的が抽象的でなければ軍隊は成立しないのではないか。さらに軍隊行動(作戦行動)の相手は単一である。敵の軍隊でしかない。従ってその組織と行動の目的も単一で敵軍隊に勝とうという以外にない。住民の生命財産のために戦うなどというのはどうやら素人の思想であるらしい。

宮古島で戦争を体験した私は、東京に来て広島出身の先生に出会う。先生は、学校のデザイン研究科で教えていた。童顔で優しく学生たちから慕われていた。広島原爆投下の時、先生は小学生で爆心地近くにいたとのことだが、顔に火傷の跡はない。ところがある日、先生が、顔面包帯で学校に来た。病院で顎の骨を削られたとのこと。傷は治り包帯は取れたが、顎の半分がない。再度の手術。顎のほとんどがなくなり、先生は、亡くなった。被爆が原因。戦争は市民の命を守らない。
卒業後、私は、高島屋宣研で、デザインの仕事。個人的に丸坊主となる。一年間、髪の毛と髭を伸びるに任せ、毎日、顔の変化を写真に記録。作品「プロセス」制作準備。ムショ帰りか、シャロン・テート殺しのマンソンみたいと人から笑われる。生前の先生のつらさが身に沁みる。
作品「プロセス」完成。「右の顔は坊主。左の顔は虎男。けれどもこれは同一人物の写真である。一年間も無関心でいるとこうなるのである。最初と最後の顔の変化は歴然としている。一日違いでは変化は解らないが、一年違いだと変化は明瞭。全ての物事は、こんなプロセスで起きるかも知れない。戦争も平和も」
吸う息、吐く息。この継続にプロセスがある。自然に生かされるか、不自然に生きるかのプロセスである。前者は平和で、後者は戦争地獄であろう。どんな大きなことも小さく始まるのである。

エッセイ一覧へ戻る