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エッセイ

GENOCIDE

2005年10月6日 宮古新報社「島の彩」掲載より

沖縄平和祈念堂で「平和への祈り」と題し、私の美術展を開催した。二〇〇一年二月である。会場の常設本棚に戦争に関する書籍が数十冊あり、入館者は誰でも自由に読めるようになっている。
大田昌秀著「GENOCIDE」沖縄タイムス社出版。ギリシャ語Genes(人権、部族)。ラテン語Cide(殺すこと)集団殺害。生存権の否定。人類の良心に反する。国際的関心が必要。とある。
私はこの本を手に取って読み始めた。
ドナルド・キーンの周辺のアメリカ人がこう言っている「日本人は、邪悪だから、絶滅すべきだ。彼らは、ニューギニア、その他の地で、人肉食いをする」
戦後の裁判で、日本兵捕虜に「人肉食いは、邪悪な行為ではないか」と聞くと、日本兵は「自分が死んだら、俺の肉を食って生き延びてくれ、と、言われたら、どうしますか。大勢の人が生きるために、個人を否定する犠牲的精神に、うたれませんか」と答えた。日本共同の利益なら、人が生きるために、人間の肉を食ってもいいと、日本兵は、考えてしまう。つまり、日本本土の同胞の死体は食わず、仲間以外の死体の肉を食う。
グァムのジャングルでのこと。ヤマトンチュー・オハラは、ウチナーンチューを殺した。「トカゲや草の根ばかりを食べる毎日だから、殺した」と。彼らは、頭と手足を切り取って、土の中に埋めた。脂肪と軟骨も別々にした。オハラは、肉を、厚切りにして、焼いた。連中が、沖縄人を食べていると、ジャングルの他の連中が、臭いを嗅ぎつけ、仲間入りした。沖縄人の肉は、数日間もあった。ジョージは、バケツの軟骨を捨てに行った。オハラは、彼をつかまえて、軟骨を一人で食おうとしたのだろうと責めた。
二、三日後、オハラはジョージに、沖縄の少年を殺せと迫った。ジョージは、同意しなかった。「シゲルは、いい子です。あの子を殺すのは、やめましょう。トカゲで生きていけます」「お前が、シゲルを殺さなければ、お前を殺して食うぞ」ジョージは怯え、シゲルのところへ行って、ご馳走があるからと連れてきた。シゲルは殺されて犠牲になってしまった。「シゲルの肉は、シゲルの父よりも、うまかった」と日本兵は言って、更に「これは、ジャングルの掟だ」と反抗した。
明治時代の総理大臣・伊藤博文、国務大臣・山県有朋らが、沖縄を視察。山県有朋の報告書「沖縄人は、骨格強健にできており、しかも忍耐強く、これを訓練して、軍人にすれば、国家的にも、人的資源の供給の保証になる。沖縄人が、日本国への忠誠を尽くすのは、教育によって、知らず知らずのうちに進めること。 これが政略上、もっとも、重要だ」
明治政府は「沖縄に軍隊を駐留させる」と言った。「こんな小さな島に軍隊を持って来たら、島を守るどころか、かえって危険な火種になる」と沖縄は反対した。しかし、政府は「どこに軍隊を置くかは、政府が決めることであり、住民に拒む権利はない」と派兵を強行した。そして「軍隊の兵舎や射撃場に必要だ」と言って、首里と那覇の間にある古波蔵に六万一六〇〇平方メートルの土地を軍用地として強制的に取り上げた。
当時の中国の外務大臣はこう予言した。「日本が、沖縄を支配したら、次は台湾、朝鮮、中国に入ってくるだろう」その通り日本は、日清、日露戦争をやって台湾をとり、満州をとった。それでも足りないと「鬼畜米英」と宣伝して、真珠湾を奇襲攻撃した。沖縄では、住み慣れた土地を強制的に立ち退きさせられ、家も屋敷も畑も潰された。私が住む七原部落もそうだった。
沖縄で明治時代から今日まで一貫している特色は、農民の土地を強制収用することである。日本にある米軍基地の七五%までが、沖縄に集中している。戦後の日本の経済発展は、沖縄の犠牲の上にある。沖縄の経済を健全にするのは、国の責任である。日本本土の平和や安全を、弱い人々の犠牲によって図ろうとする生き方は理解に苦しむ。沖縄県民は、国民的十字架を、長い歴史の中で担って来た。 沖縄県民が、日本国民としての、平等の扱いを受けるのは、当然である。

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