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エッセイ

聖なる魂に導かれて

「ダンテ神曲物語」  野上素一訳著

2002年8月11日 琉球新報「晴読雨読」掲載より

ダンテは若いころ、ベアトリーチェと熱烈な恋愛をしていた。ところが彼女が死んだのである。ダンテは衝撃のあまり精神的危機に陥った。神曲物語を書き始めたのは、彼女の死から実に十七年後のことである。
神曲物語の主題は魂である。生者の魂と死者の魂たちとの交霊の物語である。地獄界、浄罪界、天堂界の三界で構成されている。死者の魂たちの住む界は、現世でどう生きたか、その因果関係によって定まる。
ダンテは散歩の途中に暗闇の森で迷った揚げ句、獣らに立ちはだかれ窮地に追い詰められる。その時、天堂界に住むベアトリーチェの魂の計らいで救助され三界の旅へと導かれる。地獄界と浄罪界はヴィルジリオの魂が案内し天堂界はベアトリーチェの魂が導く。ダンテは三界を観察し、案内者の魂の言葉を真摯に受けとめ、死者の魂たちの声に耳を傾け現世に戻るのである。
見えないあの世を見えるように書くことでこの世の人々の生きざまを照らし出す。一三二〇年の作だが、内容は常に新しい。神人合一、宇宙感覚、普遍的物語である。
沖縄に死者の魂たちを祭る聖なる祠が随所に在る。人々の生活の中に沖縄だけの信仰と文化が生きているのだ。祠で合掌するご婦人たち。母もそうだった。戦世は人々を容赦無く引き裂いた。幼子二人を抱えながら、絶望の淵(ふち)で夫の魂との交霊があったに違いない。母の気持ちを思うと今も心が痛む。魂への呼びかけは詩となり、祈りとなった。「父さまよ目には見えねど助けてよ日ごと望みの加勢たのむよ」
母は私の美術展が浦添市美術館で開催されることを知らせると大変喜んでいた。開催まであと半年。母は死んだ。
今年三月十四日深夜、私は摩文仁の丘にいた。沖縄戦最激戦の地である。この戦いで地元の人々の三人に一人が死んだ。慰霊への私の切なる思いは、不思議な力によって引き寄せられた。野宿を決めると雨が降ってきて風が強くなってきた。
沖縄平和祈念堂への階段を中程まで上ると右側に屋根付きのトイレ兼休憩室があった。私はそこで夜通し目覚めていた。
休憩所のトイレを背に腰かけると左右前方に戸はなく内と外は通い合っていた。
強風に煽(あお)られた大粒の雨が、暗闇の私を直撃した。寒くて震えた。死者の魂たちは傍にいるのか。コンコン……と鉄柵を叩く音。その時、一条の閃光(せんこう)が私の目の前を走った。午前二時二十四分のことである。
小鳥たちの合唱は朝を知らせ、青い空は魂を込めて地上を見詰めていた。私は平和の礎へと行き、黙禱を済ませて丘を登った。玉砕を命じ自決した中将の碑の前で、木々の葉摺れにかき消されそうな叫び声を聞いた。
「ヤナ・マブイ。ヤマト・ダマシイ」
苔の生えた石畳の急な坂道は、昨夜の雨で湿っていた。足が滑って体が宙に浮き私は頭から地に落ちた。前歯が一本折れた。死者の血を含む地を踏んだことを詫び、転んだ場所の小石を拾いポケットに入れた。
私はダンテの魂に導かれここまで来た。
奇才ダンテの聖なる魂に感謝を捧げる。

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